国際交流員について


国際交流員とは?

国際交流員とは、地方自治体がJETプログラム(Japan Exchange and Teaching Programme)により、諸外国から招聘しているもので、地方自治体の国際交流を担当している部局において、様々な国際交流活動を行っています。
JETプログラムは、外務省、文部科学省、総務省が地方自治体と協力して、諸外国の青年を日本に招聘し、全国の中学校や高校で外国語を教えたり、地方自治体で国際交流のために働いたりする機会を提供する事業です。

国際交流員の自己紹介(1)

ベンジャミン・プリース
ベンジャミン・プリース
ベンジャミン・プリース (Benjamin Preece)英国 ハッキンガムシャー州
皆さん、はじめまして。イギリスから参りましたベンジャミン・プリースと申します。
2011年8月から兵庫県庁国際交流課で国際交流員として着任しました。
小学生の頃から、日本語や日本の文化に大変興味を持ちはじめ、大学では日本語を専攻しました。はじめて来日したのは2009年でした。その時は東京で留学生として日本語や日本史、日本に関する社会学を勉強しながら、様々な形で日本の文化に触れることができました。これまで培ってきた経験を活かして兵庫県とイギリスとの縁を更に結びつけるよう、頑張っていきたいと思います。
兵庫県は綺麗な景色や美味しい料理のみならず、文化と歴史が豊かな住みやすい地域なので、この地で働く機会を頂いたことは本当にありがたいことです。今から色々学んだり県民の皆様にお会いしたりすることを楽しみにしております。どうぞよろしくお願いいたします。

国際交流員の自己紹介(2)

キム・ボギョン(左)、ロ・シン(右)
キム・ボギョン(左)、ロ・シン(右)
キム ボギョン  韓国 ソウル市
 アンニョンハセヨ!! 初めまして。隣の国、韓国のソウルから参りました金ボギョンと申します。2011年4月から兵庫県観光・国際局で国際交流員として勤めています。
 大学時代に何気なく参加した北海道小樽市でのボランティア活動をきっかけに日本について興味を持ち始め、2005年には1年間横浜に交換留学し、卒業後は日系企業の韓国支店に勤めておりました。留学時代は、市内の中学校で国際理解授業の一日講師として生徒たちに簡単な韓国語を教えたり、韓国を知ってもらうためのクイズなど、韓国を紹介する時間を頂いた事がありますが、あの時、生徒たちからもらった「ありがとう」を忘れることができず、いつかきっと国際交流の仕事に携わりたいと思い続けてきました。
 今回、兵庫県の国際交流員として神戸市で暮らすことになり、港町生活の第2幕が始まりました。兵庫には旅行と出張で3回ぐらい来た事がありますが、これからは県民として兵庫のあれこれをじっくり満喫しつつ、日韓両国の理解が深まるよう精一杯頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
ロ シン  中国 広東省
ニーメンハウ。はじめまして、一衣帯水の隣邦である中国から参りました呂簪と申します。今年4月から着任し、一年間ぐらい国際交流員として国際交流課に勤めさせていただくことになっております。
小さい頃日本の漫画とアニメに興味を覚えたため、大学進学の時、日本語を専攻として選びました。勉強すればするほど、日本の伝統文化と歴史の魅力に引き付けられ、これからもっと日本のことを知りたくて日本と関係がある仕事をしたいという気持ちがいっぱいになりました。結局、広東省人民政府外事弁公室に就職し、今までの5年間ずっと日本との友好交流の仕事に携わってまいりました。仕事の関係で6回ぐらい神戸を訪れたことがありますが、日程がぎっしりしていて綺麗な港町の風情を一度も満喫できなかったのです。
ゆえに今年一年間の滞在期間を大事にして、兵庫県の美しさと面白さを思う存分体験していこうと楽しみにしております。勿論、それより、一番大切なのは兵庫県の国際交流事業と中日友好事業に自分の微力を捧げ頑張っていくことです。それでは、皆さん、よろしくお願いいたします。

国際交流員の自己紹介(3)

リオネルルシアナ
アカ・リオネル(左)、ルシアナ・ローザ・シルバ(右)
アカ・リオネル(ACKAH  Lionel ) フランス ロワール=アトランティック県
皆さんボンジュール!
フランスから来たアカ・リオネルと申します。出身はフランスの西側に位置しているナント市という綺麗で住みやすい町です。
子供のころから日本に興味を持っておりましたが、きっかけは、他の多くの子供たちと同様、漫画とテレビゲームでした。また、父が空手をしており、私も7歳から始め、現在も空手の練習を続けています。
そんな私の人生を変えたのは16歳の時、ある一冊の漫画を読んだことから囲碁に興味を持ち、日本人講師が開催する囲碁セミナーに参加したことでした。しかし、当時私は、日本語がほとんど分かりませんでした。彼と日本語で直接話せるようになろうと思い、その日から猛勉強しました。そして彼からは、日本人の考え方、物事への取り組みの姿勢なども学びました。
高校でも日本語を学び、大学3年生の時、ナント市と新潟市が主催する大学の交換留学に参加することができました。一年間の日本滞在中は 、新潟大学で様々な国際的活動に参加しました。フランスに帰国後は、日本での経験を活かし、「日仏青少年協会」を創立して、フランス人と日本人が気軽にお互いの文化を交換できる場所を設置しました。その活動は、今も私の仲間達によって引き継がれています。
私の次のステップは、国際交流員として、日仏関係をさらに強めることです。日本に興味を持ち始めて15年が経った今も、私の中にある日本に対する情熱はますます燃え続けています。
どうぞよろしくお願い致します。
ルシアナ ローザ シルバ(Luciana Rosa Silva )ブラジル サンパウロ州 サントス市
はじめまして、非日系人でブラジルから来た国際交流員です。ルシアナと申します。サンパウロ州サントス市の出身です。ブラジルでは、法学部を卒業し、銀行員として貿易関係の仕事をしていました。
皆様はご存知ですか?1908年に「笠戸丸」という移民781名を運ぶ初の移民船が、神戸港からブラジルのサントス港まで海を渡りました。
私は初めて観光で神戸へ来た時に、「ブラジル移民発祥の地」の碑の前に生まれ育ったサントス市の名前があり、凄く感動し「いつか神戸に住みたい」と思いました。
国際交流員になるという夢を叶えることができ、大好きな兵庫県神戸市で仕事をさせて頂くことになりました。幸せです!これは、偶然ではないと思います。
国際交流員として働けることは、とても光栄なことで、これからは、自分の体験からブラジルの文化も紹介したいし、少しでもポルトガル語を好きな人を増やしたいし、日本語も必死で勉強したいです。国際交流課でブラジル人の代表として全力で頑張りたいと思います。よろしくお願いします。

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